三若の『おまわりさん』が嫌いだ!
  Date: 2005年08月22日 (月)

中学生の時は拾った自転車(盗んだんではない)に乗ってて、えらい怒られた。高校生の時は無免許でバイクに乗ってて捕まった。大学生の時は酒気帯びで捕まった。酒気帯びの時は何とかギャグでごまかそうと『はーい窓を開けて、息はいてー。臭いなー』『えっ餃子食べたからかな〜』『目ぇ赤いやないかー』『いや結膜炎なんです』『顔も真っ赤やないかー』『あー、りんご病なんです』『ちょっと真直ぐに歩いてみー、ほらフラフラしてるやないかー』『いや僕パンチドランカーなんで‥』と頑張ったのだが、クスリとも笑ってくれなくあっさり切符をきられた。この世界に入ってからもかなり前だが、近くのコンビニにノーヘルで原チャリに乗ってたらパトカーがサイレン鳴らして追い掛けて来た(大層やねん)最初は自分の事と分からず、そっーと逃げたら必死でマイクでがなりちらしながら追い掛けて来た。不思議なもんで追われると逃げたくなるし追えば逃げるもんである(まぁ追う事はないけど)必死で逃げ回り国道に出ると前から40台くらいの暴走族が爆音をまき散らし走って来た。助かった〜これでパトカーも暴走族の方にむかうわーと思ったら、暴走族を無視して僕を追い掛けて来た。『おかしいやん!どう見てもむこうの方が悪いやん〜』という叫び声は誰にも届かず、あっさりと捕まってばばちびる程怒られた。あんまり『おまわりさん』は好きくない。

三若の『落語家』が好きだ2
  Date: 2005年07月09日 (土)

『落語家』というのは本当に変わった人が多い。その中でも桂文福師匠のお弟子さんの桂まめださんはピカイチだ。「よく師匠に怒られますねん」と言ってたが、そらそうやろうと思う事ばかりだ。ある日、四国の山奥の営業で文福一座は車で現場に向かっていた。運転するのはもちろんまめださん。大阪から何時間も続く山道、もちろん回りには何もない。皆を退屈さしてはいけないと文福師匠は喋りに喋り盛り上げ続けた。ところが何時間も一言も喋らないまめださんに、「おいまめだ、お前も何か喋れ」と言った後、まめださんが初めて喋った言葉は「ガソリンが無いんですけど‥」それから村の人にガソリンを持って来てもらったらしい(汗)ある日の営業は文福師匠とまめださんの二人。いつものようにまめださんが運転し後ろから文福師匠が道を指示していた。その日は時間がギリギリで文福師匠もかなり慌てていたので「おいまめだ、現場についたらすぐに荷物を降ろせよ!」としつこいぐらいに言っていた。(文福師匠は河内音頭をする為に太鼓やら音響やら荷物はかなり多い)高速を走ってる最中に文福師匠はお手洗いに行きたくなり「まめだそこを左に入って車を止めろ」とサービスエリアに入り文福師匠は走ってお手洗いに向かった。そこで何を勘違いしたのかまめださん。必死で荷物を降ろしだした。文福師匠が車に戻ると車の中は綺麗に空っぽになり大きな荷物を台車で一生懸命どこかに(どこにやねん!)運ぼうとするまめださんの姿があった。ある日はお客さんに「文福師匠のサイン貰って〜」とせがまれ、忘れてはいけないと思いマジックをいつでも渡せるように蓋を開けたまま持ち歩き、マジックを持ってるのを忘れてしまい、そのまま文福師匠の着物をたたんで無地の着物が縞物になってしまうという大惨事を笑いながら喋ってくれるまめださんが好きだ。その後、文福師匠に三発どつかれ、親に電話されてしまったまめださん(子供か!)は本当に楽しい人だ(文福師匠の気持ちになると辛いかも‥)やっぱり『落語家』は面白い!

三若の『十三』が好きだ。
  Date: 2005年02月28日 (月)

十三の町に住んで7年になる。そもそも十三に住もうというのは落語家になった時から決めていた。いや学生の頃から住みたかったといってもいい。幼い頃から阪急電車に慣れ親しんでた自分は阪急沿線以外は考えれなかった。それでいて便利で下町の匂いがする所といえば十三しかない。とにかく電車が便利だ。梅田から一駅やし(まぁ中津は無視ね)京都も神戸も宝塚も十三通らな行かさんぞ〜みたいな王様の風格が漂ってる(まぁ阪急だけやけどね)十三というと何となく無法地帯の様に感じる人もいると思うが、意外に治安はいい。なんせ24時間パトカーが走り回ってるもん。川沿にはブルーの屋根のオシャレな一戸建ても並んでる。ビニールハウスの中では野菜などを育てずに人間を育ててる。その手作りの家にはちゃんと窓や玄関があって、電化製品も自家発電でおいてある(その労力は仕事には使えないのか?)行きしなに無かった所に帰りに家がある(築5分やね)自然も意外に多い。野良犬、野良猫、野良人間。犬に餌をあげたつもりやのにおっさんが食ってた事もあった。まず駅前の雰囲気がいい。雨の日には傘をさしてくぐらなあかんトンネルを抜けると、ションベン横町という飲み屋街が広がる(すごいセンスやね)朝10時には超満員の居酒屋たち(仕事は?)そして3分も歩くと無数のラブホテル。昼間より夜の方が明るいねんから凄い。僕の家はラブホテル街のど真ん中にあって、クリスマスなんかになるとホテルに入れないカップルが勝手にマンションに入って来る。『部屋ないかな〜』ってなもんで(あるかー)本当に気さくな人が多い素敵な街だ。知らない人でもすぐに喋りかけてくる『兄ちゃん煙草くれへんか〜』(気さくすぎるかな)とにかく僕の大好きな町、『十三』一度は遊びに来て下さい!めちゃ好きになりますから。いつでも案内しますよ〜

三若の『スポーツジム』は怪体だ!
  Date: 2004年08月20日 (金)

ダイエットの為にスポーツジムに通ってるが、まず気がついたのは、スポーツジムは行く必要のない奴か行っても無駄な奴しか来て無い事。ものすごいスリムな人やムキムキマンと今さら手後れやろうーという人に分かれる。特に昼間はおじぃおばぁだらけで一瞬「姥捨て山」と思う程だ。プールに行くとそのおじぃおばぁが泳がずに順番に列になって歩いている。端から見てると皆して三途の川を渡ってるみたいだ。後ろについて歩いてると黄泉の国に連れて行かれそうで恐ろしくなる。プールの温度が生温いのも微妙に気になる。腰の曲がったおばぁちゃんは歩いてて溺れそうになってるし、ただただ水に浸かってるだけのおばぁもいる。なかなか怪体な所である。

三若の『親父』がおもろい!
  Date: 2004年07月22日 (木)

うちの親父にはとにかくよく怒られた。まだ物心がつく前から、悪さをしたら三段階の罰があって、一番軽いのは「便所の前に座っとけ〜」と暗い便所の前に正座させられ、泣きながら謝ってた。二番目は「外に放りだす〜」と外に放り出され雨戸を閉められ、泣きながら雨戸を叩いて「開けてー」と叫んでた。そして一番重い罰は「明日からマクドナルドに丁稚にやる〜」と叫ばれる奴だ。もちろんマクドナルドも丁稚も何の事か分からなかったのだが、とにかく恐ろしくて「それだけは嫌やー」と泣き叫んでいた。だから小さい頃はマクドナルドとはとんでもなく恐ろしい所だと思っていた。僕が中学の頃は、親父は学校の通学路をボロボロの自転車で通い、冬は目出し帽をかぶって走っていたので「はったん(僕のあだ名)の親父はデストロイヤーやでー」とからかわれて自殺もんに恥ずかしかった。高校の時は、深夜に酔って帰って来て「おーいお前ら皆、降りて来いー」と叫ぶので、何ごとかと思い降りて行くと「今日でお父さんはお母さんと別れるから」と白のブリーフ一丁で叫んでいた。どうやら却下されたらしい。次の日から別々の部屋で寝るようになった。そんな親父は面白い。呼んでもいないのに、ベース吉本での舞台を勝手に見に来て、回りが若い女の子だらけの中でやたら目立ち、他の芸人さんに「一人だけオッチャンが間違って来ちゃいましたね〜」なんていじられてる親父が面白い。いつまでも元気におちゃめに長生きして欲しいと思う。PSー舞台は呼んだ時だけおいでな。

三若の『歯医者』が嫌いだ!
  Date: 2004年07月21日 (水)

親知らずが4本もあって順番に抜いてるのだが、一本抜いては長らくほったらかしにし、また虫歯が増えて大変な事になるの繰り返しだ。まず抜く時の麻酔が腹たつほど痛い。麻酔を打つのに麻酔をして欲しいぐらいだ。続いて抜く時に「痛かったらゆってな」と言われた時点ですでに痛い。何も言わずに黙って痛くするなよーと思う。口の中でなにが行われてるか分からないのも腹が立つ。先生と助手が二人して指突っ込んで、二人で口ん中で指絡めあっていちゃついてるんちゃうか〜と思ってしまう(考え過ぎか)で、色んな機械は最新式のくせに抜く時は相変わらずペンチみたいなんで抜きよる。そこは最新式は無いんかいー。で一番嫌なのは、削る時の「キーン」という音。あれが聞こえるだけで泣きそうになる。あの音が痛みを倍増さしてるに違い無い。あの音をもう少し考えて欲しい。平井堅の大きなのっぽの古時計にして気持ちを落ち着かせるとか、ビートルズか何かでテンションを上げるとか(微妙か)もしくは「君が代」にして欲しい。「君が代」が流れたら「痛いけどお国の為に頑張ろう!」という気になる‥と思う。歯医者にいくたびに「二度と来るかー虫歯さえなかったら(当たり前)と叫んでる。

三若の落語家が好きだ!
  Date: 2004年07月20日 (火)

ついに始まりましたこのコーナー。
ここでは僕がいつも好きとか嫌いとか楽しいとか腹たつなどと思ってるものを、
適当にとりあげてダラダラとお喋りしたいと思ってます。
一回目は「愛すべき落語家」について。
面白い人がたくさんいます。
某師匠は毎日、靴下を三枚はいてる。
後輩が「何でですか?」と聞くと「靴が大きいから、靴下三枚はかんと脱げるねん」
後輩が「ほな何で靴買う時ちょうどの靴買わんかったんですか?」と聞くと、「いや〜靴買う時も靴下三枚はいてたからちょうどやってん」・・・
この師匠は永遠にちょうどの靴は買えないと思う。
ある先輩は時代劇の扮装をした時、カツラがあまりにも苦しくて
「いやー昔の人ってすごいですよねー毎日こんなんかぶってたんですからー」と叫んだ。‥面白い!

ある後輩は岸和田の物凄い柄の悪い高校に行った時、実験室の様な楽屋でスタンバイしてると、
高校生が扉を皆して蹴って行く。「お前らーおもんないんじゃー!」まだ来ただけやがな。
すごく不吉な予感を抱えたまま舞台にあがると、案の定やかましいどころか、皆でバスケットをしている。
それに対して先生が「お前ら静かにせんかいー落語出来へんやないかーい」と叫びまくってる。それも充分やかましい。
けど何とか引き付けないといけないと必死の思いで自分の高校時代の話しをして共感を呼ぼうとこざかしい手段に出た。
その話しとは「高校の時ってモテテル奴は廊下なんかに『吉田君好き』とかよく書かれてましたよねー
僕も一遍でえーから書かれてみたくて『吉田君好き』の吉田のとこを消して
松崎、これ僕の本名ですわー松崎君好きって書き換えといたんです。
その『松崎君好き』をみてあいつってモテんねんなーと思われる思ったら、えらいもんで次の日見たら、
『松崎君好き』の『好き』の部分が消され、『松崎君死ね』になってましたわー」
とここで大爆笑が起こる事を本人は予想してたはず。
ところが爆笑どころか、一瞬シーンとした後に、一人が『死ねー』と叫んだ。
それに続いて『死ねー死ねー死ねー』の大合唱が全校生徒の間で起こった。
後輩は泣きそうになりながらも「御声援ありがとうございます」と訳の分からん事を言っていた。
あまりにも苦痛の20分が終わり楽屋(実験室)で泣きながら着替えていると、
校長先生が入って来て「今日は本当にすみませんでした。けどいつもまとまりのない全校生徒があんなに一致団結したのは初めてです。
私はやれば出来るんだと感激いたしました。これもあなたのお陰です」と誉められた後輩は何故か少し誇らし気な顔をしていた‥‥勘違い!

まだまだ愛すべき落語家がたくさんいてるので続きは次回にしましょう!

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